DXが詰まる企業の典型パターン — 共通する3つの壁
「DXをやらないとまずい」という危機感は、いまや業種・規模を問わず広がっています。実際、民間調査によれば中小企業のDX導入率は 43% まで伸びてきました。ところが、その中で「成功した」と回答した企業は 21% に留まり、半数以上が「導入したのに使われない」「効果が見えない」状態のまま止まっています。
業界・地域・規模の違いを越えて、止まり方には共通したパターンがあります。IPAの「DX動向2025」、経済産業省の「中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025」、複数の民間DX失敗調査を読み込むと、つまずきの構造は大きく3つに収束していきます。本稿ではそれらを「3つの壁」として整理し、それぞれの越え方まで踏み込んで解説します。
なぜいまDXが進みにくいのか
3つの壁の話に入る前に、いまの日本企業がDXを進めにくい背景を押さえておきます。大きく3つあります。
1つ目は、IT人材が圧倒的に足りない ことです。経済産業省の試算では、2030年には最大 79万人 のIT人材が不足するとされています。IPAの「DX動向2025」でも、日本企業の 42.0% が「必要な技術を持った人材がいない」をDXの課題に挙げており、世界平均の22.7%を20ポイント近く上回って、課題ランキングの圧倒的1位です。
2つ目は、何をもって成功とするかの指標が決まっていない ことです。同じくIPA調査では、日本企業の 6割以上 が「DXの評価指標を設定していない」と答えています。米国・ドイツでは逆に8割以上が「設定している」と答えており、大きな差があります。指標がないまま始めるので、何をどこまでやれば成功なのかが社内でも定まりません。
3つ目は、経営と現場で見ているものが違う ことです。投資の額、セキュリティのリスク、新しい業務の作り方、ITと事業の連携 — どのテーマでも、経営層と実務責任者の認識にはっきりした差があると報告されています。このズレが「DX担当者が社内で孤立する」「現場が動かない」という具体的な詰まりにつながっていきます。
「人がいない・指標がない・社内が揃っていない」 — この3つが最初から重なっているのが、いまのDX推進のスタート地点です。これを踏まえて、現場でよく見る3つの壁を順番に見ていきます。
1. ツール先行で業務プロセスが整理されていない
これが最も多いつまずき方です。民間のDX失敗調査でも、失敗要因の上位には「業務プロセス整理不足 約64%」「現場が使わない 約41%」「IT導入が目的化 約37%」が並んでおり、業務側を整えないままツールを入れるパターンが繰り返し挙がっています。
現場で起きていること
「Salesforceを入れたい」「kintoneを検討している」「とりあえず生成AIを試したい」 — ツール名から会話が始まる時点で、すでに詰まりの種が撒かれています。何を変えたいのか、何を測りたいのかが先に決まっていないので、導入後の評価軸を持てません。現場からは「結局、前のExcelの方が早い」という声が出るようになります。
経済産業省のDX支援ガイダンスでも、中小企業ではIT人材が不足しがちなため、ベンダー主導でツール選定が先行した結果「思うような課題解決につながらなかった」事例が散見されると、はっきり指摘されています。
対策: ツールは最後に選ぶ
順序を逆にして、業務側を先に整える発想に切り替えます。具体的には、次の3点を最初に決めるところから始めます。
- 業務フローを「人」ではなく「データ」で書き直す — 誰がやっているかではなく、データがどう生まれて、どう加工されて、どこに溜まるかで業務を整理する
- 対象業務を1つに絞る — 全社DXを最初から狙うと調整コストで身動きが取れなくなる。まず1つの業務領域で成功体験を作る
- 追うKPIを2つに絞る — 事業インパクト指標(売上・リードタイム・解約率など)を1つ、活動指標(入力件数・利用率など)を1つ。指標を5つも並べると意思決定が鈍る
この3点が決まると、必要なツールはほぼ自動的に3〜5個まで絞り込めます。論点が「どのツールがいいか」ではなく「何を変えるか」になるため、ツール検討にかかる時間そのものも大幅に短くなります。
2. 「IT人材を採用してから始める」と決めて止まる
2つ目の壁は、「DX人材を採用してから始める」という順序の決め込みです。順番が逆になっていることが、何年も着手を遅らせる原因になります。
現場で起きていること
「経験のあるエンジニアを採用してから着手しよう」と求人を出しても、応募が集まらない、あるいは採用できても定着しない — このパターンが頻発しています。給与水準・キャリアパスの面で大手や事業会社の情シスと直接比較されるため、地場の企業が同じ土俵で勝つのは構造的に難しいのが実情です。
その結果、「採用できないからDXが進まない」という構図に陥り、何年も停滞してしまうことになります。経営者の頭の中では「人を取ってから着手する」という順序が前提になっているため、いつまでも一歩目を踏み出せません。運良く採用できても、社内に技術判断ができる人がいないと、入社したエンジニアが孤立して3年以内に離職するケースも多く見られます。
経済産業省のDX動向調査でも、「ITに関わる人材が足りない」「DX推進人材が不足している」と回答する割合は前年比で増え続けており、人材問題は時間が解決する見込みがありません。
対策: 採用前提の計画を捨てる
採用が解決するのを待つのではなく、採用なしでも着手できる体制をまず組みます。基本は次の3点です。
- 外部の技術判断者を確保する — 常勤エンジニアの採用にこだわらず、Forward Deployed Engineer(FDE)・技術顧問・CTO代行など、外部で技術判断と実装を担えるパートナーを活用する
- 社内には「翻訳者」を1人置く — 現場業務を理解し、外部パートナーに仕様を伝えられる人材。エンジニアである必要はなく、業務をよく知っている中堅社員が向いている
- エンジニア採用は中長期の課題として並走させる — 「採用できたら一気に内製化」ではなく、外部依存度を少しずつ下げていく前提で構える
採用市場の競争環境は、当面好転する見込みがありません。採用難という事実を出発点として体制設計を組み直したほうが、結果としては早く前に進みます。
3. 経営と現場の認識ズレが放置される
3つ目の壁は、上の2つを根本で引き起こしている土台の問題です。「経営はDXをやれと言うが、現場には何の話なのかが伝わっていない」状態が続くと、何をやっても成果まで届きません。
現場で起きていること
DX担当が任命されても、その権限は限定的なケースが多く、社内をまとめる調整力で動かざるを得ません。一方で経営者は「DXは現場の話」と捉え、ツール選定や運用ルールづくりを担当者に丸投げしてしまう。結果として、戦略・ビジネスモデル・組織文化に関わる重要な判断が、どこの場でもなされないまま宙に浮きます。
ここで効いてくるのが、先に挙げた「6割以上が評価指標を設定していない」という事実です。指標がないと、経営側は何をもって投資判断をするのかが定まらず、現場側も何をもって成功と評価されるのかが見えません。これでは両者の議論が噛み合うはずがありません。
IPAの日米独比較でも、日本のDX成果は「コスト削減」「製品提供日数削減」に偏っており、米独では「利益・売上の増加」「市場シェア向上」「顧客満足度向上」が多くなっています。経営インパクトに直結する指標を持っていないため、内向き・部分最適に閉じこもる構造になっているわけです。
対策: 言葉と指標で経営と現場をつなぐ
経営側・現場側・両者の橋渡し役、この3つの役割を明確にすることから始めます。具体的には、次の3点を順番に組み立てていきます。
- 経営側で「なぜ変えるのか」「何をもって成功とするか」を言語化する — トップから方向性を示し、担当者に丸投げしない
- 現場側で業務フローを可視化する — データの流れで業務を整理し、ボトルネックを共有可能な形にする
- 両者を翻訳できる人を1人置く — 経営の言葉と現場の言葉を双方向に通訳する役。社内に置けるなら社内で、難しければ外部のFDEや技術顧問を活用する
評価指標は、経営インパクト指標と活動指標を1つずつでも構わないので、必ず最初に決めておきます。指標がないままの推進は、ゴールが見えないまま走り続けるのと同じです。
補助金・行政支援を使い切るための前提
3つの壁を越える過程で、補助金や行政支援は強力な後押しになります。代表的なものを挙げると次の通りです(年度ごとに要件・上限額が変わるため、申請前に必ず公式の最新情報を確認してください)。
- IT導入補助金 — ITツール導入経費の補助(複数枠あり)
- ものづくり補助金 — 試作品開発・生産プロセス改善の設備投資
- 事業再構築補助金 — 業態転換を伴う大規模なDX投資の枠
- 各都道府県・市区町村のDX促進補助金 — 自治体ごとの支援メニュー
- DXセレクション(経済産業省) — 中堅・中小企業のDX優良事例の選定・公開
補助金は「使えるから使う」ではなく、「事業として必要な投資の一部を後押ししてもらう」という位置づけで考えるのが原則です。補助金前提で投資判断をすると、要件に縛られて事業に合わないツールを選んでしまい、補助金が切れた瞬間に運用が止まるという、本末転倒な結果になりがちです。
順序としては、(1)事業として何を変えるかを決める → (2)必要な投資を見積もる → (3)使える補助金を当てる、という流れを守ることが大切です。
まとめ
ここまでをまとめると、DXが詰まる構造は次の3つでした。
- 業務プロセスを整理しないまま、ツール導入から始めてしまう
- IT人材の採用待ちを言い訳に、何年も着手できない
- 経営と現場の認識ズレを放置したまま、評価指標も置かない
これを越えるためには、ツール選定や予算申請に入る前に、「何を変えるか」「何をもって成功とするか」「誰がそれを推進するか」 を言語化する工程を必ず通す必要があります。ツール導入はその後の話です。
逆に言えば、この工程を飛ばしてツール導入から始めた企業の半数以上が、「導入したのに使われない」状態のまま止まっています。順番を守って進めるかどうかで、成果が出るか出ないかが分かれます。
「うちの場合、何から手をつければいいか」が言語化できないとき
DXの必要性は、すでに経営者の肌感覚としてある段階かと思います。問題はその先で、「何から手をつけるか」「どの順序で進めるか」「どこまで内製・外注するか」が言語化できないまま、検討段階で止まってしまうケースが多いという点です。
業務側の論点と経営側のKPIを一緒に整理し、現場まで持っていけるパートナーがそばにいると、対策は一気に具体化します。
ツール選定の前に、業務設計・評価指標・推進体制を一緒に決める — この3つが揃ってはじめて、DXは「やった気」から「成果が出る取り組み」に変わります。
Arintiは、IT事業会社でプロダクト開発や事業推進を経験してきたエンジニアで構成された、DX・開発支援会社です。システムを開発して納品するだけでなく、事業成果の達成まで見据え、事業視点でDX・開発支援 を行っています。実際に開発を行うエンジニア自身が、課題整理・業務設計・技術選定・開発まで一貫して担当することで、事業理解と実装を分断しない開発体制を実現しています。業務DX、システム開発、アプリ開発、データ基盤構築、AI活用、プロダクト開発まで、事業に必要な仕組みを一気通貫で支援します。
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よくある質問
Q. DX推進で最も多い失敗パターンは何ですか?
業務プロセスの整理をせずにツール導入から始めるパターンが最多です。IPAや民間調査でも、失敗要因として「業務プロセス整理不足」が約64%、「IT導入が目的化」が約37%と、上位を占めています。ツールは手段なので、何を変えたいかを先に決めないと使われません。
Q. IT人材を採用できないとDXは進められませんか?
採用前提で計画を組むと止まります。IPAのDX動向2025でも、日本企業のDX課題1位は「必要なテクノロジーを持った人材の不足」で42.0%と、世界平均の22.7%を大きく上回っています。採用が解決するのを待つのではなく、外部の技術判断者と社内の業務翻訳役を組み合わせる体制が現実的です。
Q. DXのROIや成果が見えにくいのはなぜですか?
日本企業の6割以上が「DXの評価指標を設定していない」と回答しているためです。指標がないと、何をもって成功とするかが曖昧になり、現場も経営も「やった気」だけが残ります。経営インパクト指標と活動指標を1つずつでもいいので、最初に決めることが必要です。
Q. 経営者と現場の認識のズレを埋めるにはどうすればいいですか?
戦略・ビジネスモデル・組織文化の根幹に関わる問題なので、システム部門に丸投げしては埋まりません。経営側で「なぜ変えるのか」「何をもって成功とするか」を言語化し、現場側で業務フローを可視化する。両者を翻訳できる人を1人置く。この3点が最低条件です。
Q. DX補助金は使うべきですか?
事業として必要な投資であれば後押しとして使うべきです。ただし「補助金が使えるから導入する」という順序にすると、要件に合わせて事業に合わないツールを選び、補助金が切れた瞬間に運用が止まります。投資判断 → 補助金検討、の順序を守ることが前提です。
